PoemBlog ~詩のブログ~ へようこそ。日々の暮らしの中に、ほっと一息つける詩の時間はいかがですか。みなさまの心に、やすらぎと発見のひとときをお届けいたします。
ある集会にて
調子を合わせなくてはならないのですか
ごたごたがもやもやするから
好きではないのですよ
私は遠い
些末も遠い
真上にぶら下がっていた
不安果実がポトンと落下
噛み合わない鎮静と悲哀の余韻
枯草のやるせなさ
窓から見えるのは
コンクリーの打ちっ放しの空
厚かましさが才能の一つなのね
残る問題はいくつあるのですか
助言はないのですね
未来の立場は求められる集会
分厚い正義に
つきまとう言葉の響きが耳をつんざく
初観察を送信せよ
初接触を感情にせよ
滑稽は説明を伏せられる
振動の中心軸は後ずさりする
はずんで見せたりする
店番には商売っ気のない老人が微笑する
私は遠い
哀切も遠い
ミルク雲きれい
クシャクシャヨレヨレワイシャツ
アイロンかけ
テーブルのメモをポケットに忍ばせて
アパートを飛び出す
公園のひんやりとする砂地に吸い込まれた
過去の袖口から
ニョキニョキと定めの腕が伸びる
地平線をつかもうとして
この詩についての思いや工夫
集会という場面設定を用いることで、集団の同調圧力と、それに対する違和感を表現。特に「私は遠い」というフレーズの繰り返しで、集団の価値観や雰囲気から距離を置いていることを強調し孤立感を深めている様子を描きました。「不安果実」という比喩的な表現により、不安が現実に落ちてくるようなイメージが作り、音の要素(ポトン)も加わり、不安が静かに、しかし確実に訪れる様子を表現。自然(枯草)と人工(コンクリート)の対比により、心情の乾いた感覚や閉塞感が強調。「分厚い正義」という表現が、圧倒的な社会のルールや規範を象徴しており、それが「耳をつんざく」という強烈な感覚で押し寄せることを伝えました。「厚かましさが才能の一つなのね」 という皮肉めいた言葉から、集団の中で積極的に振る舞えない自分と、それが求められる社会への疑問を提示。
有名な雨
光が大地に深く溶け込む
眠れる者が呼び醒まされた
汗をぬぐいソーダ水を飲み干し
塔の頂点を見つめていた
三千色の虹が民家の上に架かる
大地から黒々とした拳ほどの金属片が
塔の頂点まで一気に上がり踊りはじめた
初めに何があったのかを考え
行為そのものではなかったかと考える
片足で歩いてきた道をくるりと振り返ると
驚いたことにもう一方の足が歩いていた
奇跡だと思いながら
その足が来るまで待機した
「これまで長い道のりだったが
この先もそうに違いないだろう」
と大地が呼応した
信号機も標識も街灯もない道だ
(有名な雨)は辺り一面を
容赦なく黒色に塗りつぶした
太陽が姿を消したのは本当だ
(有名な雨)が矢のように降らせる
幻と現実が交差する
(有名な雨)には音がない
世界の脳髄が叫んでいる
叫び声が聴こえてくる
恍惚とした事象の予兆だけ
この詩についての思いや工夫
現実と幻想が交錯する中で、「行為の本質」や「時間と存在の不確かさ」を探るような視点が表現。「有名な雨」という独特の表現を繰り返し用いることで、雨がただの気象現象ではなく、世界そのものを変容させる特異な力を持つ象徴としています。「初めに何があったのかを考え、行為そのものではなかったかと考える」 → これは創世記的な問いを含んでいるます。「初めに何があったのか?」という問いは哲学的・宗教的なテーマですが、それに対し、「行為そのものではなかったか」という答えが提示しました。つまり、世界の始まりは「存在」ではなく「行動」であったのではないかという視点が示唆しました。「片足で歩いてきた道をくるりと振り返ると、驚いたことにもう一方の足が歩いていた」 → ここには、時間の逆転や、無意識の行動の存在が示しました。一方の足だけが歩いていたと思っていたのに、振り返るともう片方の足も動いていたという事実。この驚きが「奇跡」と表現されることで、自己認識のずれや時間の曖昧さを強調しています。
嵐
嵐がやって来そうだ
鉛色の雲が龍のように動いている
龍の鱗がピカリと不気味に光る
嵐が来たならば
公園の木々の葉は飛ばされるだろう
幹と枝だけの姿となるだろう
私は
そのような木々の葉だろうか
私は
そのような木々の葉にならぬように
耐えなくてはならない
龍が睨んでいる
何という恐ろしい形相だろうか
この詩についての思いや工夫
詩は次のように展開していきます。嵐の到来の予感「嵐がやって来そうだ」から始まり、嵐の前の不穏な空気が描くことで、「鉛色の雲」「龍のように動いている」と、空の異変が徐々に強調。嵐の影響の予測「公園の木々の葉は飛ばされるだろう」 嵐の破壊力が暗示され、自然がそれに耐えられない様子を示しました。自己の存在と試練への対峙「私は そのような木々の葉だろうか」 自分もまた試練によって吹き飛ばされるのではないかという不安。耐える意志の表明「そのような木々の葉にならぬように 耐えなくてはならない」 ここで意志の変化があり、試練に屈しないという決意が述べました。龍との対峙「龍が睨んでいる 何という恐ろしい形相だろうか」 まるで龍(=運命、困難)が試練の目を向けているかのような終わり方で締めくくりました。
この詩の展開は、静かに始まり、次第に高まる緊張感と恐怖、そしてそれに抗おうとする意志が強くなり、最後に龍の睨みという圧倒的な存在感をもって表現し締めくくりました。

PoemBlog ~詩のブログ~ ご覧いただき、誠にありがとうございます。今回の詩は、全部で3編あります。いかがでしたでしょうか?少しでもみなさまの心にお届けできていたなら、とても嬉しく思います。みなさまのご感想やご意見が、次回の詩の励みとなります。(ブログ画面の下部に、コメントできるフォームがあります。)これからも詩作に励んでまいります。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
ブログ村(自作詩)に参加しています。

にほんブログ村
