PoemBlog ~詩のブログ~ へようこそ。日々の暮らしの中に、ほっと一息つける詩の時間はいかがですか。みなさまの心に、やすらぎと発見のひとときをお届けいたします。
薔薇の心
薔薇をみる人は多いのです
その心まで感じる人はいません
薔薇は
人の心を見つめています
薔薇が人の悲しみを感じることが
不思議に思えるかもしれません
悲しみも苦しみも
経験してきたのです
ある日
ひとりの子どもが
薔薇の前で立ち止まり
涙を流していました
声を殺して泣いています
薔薇はその子を見つめました
この子の心になりました
薔薇は精一杯
その子に香りを届けました
やがてその子は
涙を止め
目を輝かせるようになったのです
香りには
精一杯の祈りが込められていました
薔薇は
この子の味方でいようと誓いました
ほかの花や木々
鳥や雲や太陽も
静かに見守っていました
すべてがその子の味方になりました
まるで物語のように
その子は元気を取り戻し
薔薇を感じるようになりました
薔薇だけでなく、
その時に見守ってくれたすべてのものの
心も感じるようになりました
その子は
人の悲しみに寄り添える大人へと
成長していったのでした
薔薇はひそかに涙を流し
喜んでいました
私は今
12年前に哲学の道沿いに咲いていた
薔薇との出会いを思い出し
この詩を書いています
あの時
薔薇が私の心を見つめていたことを
今でも鮮明に覚えています
その薔薇は
私の悲しみをすべて受け入れて
ただ静かに私を見守ってくれました
私は心の中で泣いていました
薔薇が優しい香りを届けてくれ
何も言わずにただ見つめてくれた
その優しさが
少しずつ私の悲しみを和らげてくれました
「元気を出して」と言われたようでした
心が軽くなりました
私は
薔薇にありがとうと言いました
この時のことを
今も忘れられません
この詩についての思いや工夫
薔薇が人の悲しみに寄り添い、香りを通じて癒しを与える描写を通して自然の優しさや癒しの力を表現しました。薔薇が単なる花ではなく、「心を持つ存在」として深い意味を持たせました。
詩の結び部分で、12年前の哲学の道での出会いが描きました。単なるフィクションではなく、実際の記憶と深く結びついていることを表現したかったことです。
けがれなきその人 その1
世界は広いのか
それとも狭いのか
その人は
皆から
ひそかに「けがれなき人」と呼ばれていた
その人は
誰かと話すとき
相手の気持ちをよく考えていた
相手が自分を見失わないように
やさしさと厳しさを使い分けて
言葉を選んでいた
もし相手が
欲望にとらわれていたら
また別の相手が
憎しみを抱えていたら
黒い雲を追い払うように
適切な言葉をかけた
その人によって
光のある道を歩む人が
だんだんと増えていった
その人は
あらゆる人と接する中で
特別な理由はなく
ただ素直に
言葉を使っていた
けがれなきその人 その2
世界は広いのか
それとも狭いのか
その人は
皆から
ひそかに「けがれなき人」と呼ばれていた
自制心とは何だろう
人には感情があり、
欲望があり、
それらは
意図せずとも湧いてくるものだ
その人は
いつも穏やかな顔をしていた
人々はその人を見て
安心し、癒されることができた
強い自制心が
その人にはあった
享楽に溺れることもなく
欲望から距離を置き
振り回されることもなかった
自由そのもののように見える
けがれなきその人も
やはり人間で
特別な存在ではない
これらの詩についての思いや工夫
どちらの詩でも、この人物が持つ「けがれなさ」が描かきましたが、それが単なる完璧さではなく、内面的な強さと自制心をもっていることを強調しました。特に第二部では、「自制心とは何だろう」と問いかけることで、感情や欲望を抱えつつも、それに振り回されずに生きることの難しさを表現しましす。人物を神話的でもなく、超人的でもなくリアルで身近なものにし読者の皆さんに共感を持ってもらえればと思い描きました。
PoemBlog ~詩のブログ~ ご覧いただき、誠にありがとうございます。今回の詩は、全部で3編あります。いかがでしたでしょうか?少しでもみなさまの心にお届けできていたなら、とても嬉しく思います。みなさまのご感想やご意見が、次回の詩の励みとなります。(ブログ画面の下部に、コメントできるフォームがあります。)これからも詩作に励んでまいります。いつもありがとうございます。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
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